ダ・ビンチ・コード読み直し。

映画「ダ・ビンチ・コード」を観た後で、気になるところがあったので本を読み直しました。話のスジにはあまり注意を置かないでもうちょっと細かいところを読み直した。
結局本にしても映画にしてもカトリック教会が騒いでいるんだよね。その背景や原因をちょっと探ってみた(私見ばっかだけど)。
オレはカトリック教会が騒ぐから本のセールスが3年連続でNew York Timesのトップセラーを飾っていると思う。興味のない人間が「あんなに教会が騒いでいるのはなんでだろ、読んでみようかな」って思ったのも少なくないはず。そしてそのセールスの影響で映画が作られることとなったんだと思う。そしてまた教会からかなり抗議されているとのこと。オレから言わせれば、「そんなに騒がなければそんなに本も売れなかっただろうし、本がそれほど売れなければ映画も作られなかっただろうに」ってことになる。
そして宗教意識の低い日本では問題外で、「アメリカでこんだけ売れてるから読んでみよう」って思う人が大半だと思う(軽く溜息)。映画もそうやって売れるのかな。その点は見ものかも。
そもそもアメリカで抗議している人のうち何人がちゃんと本を読んでいるのかが疑問(読まずに人から話のスジを聞いただけ、って人もいるかもね)。これはニュースでもやっているのでネタバレにならないと思うのだけれども、カトリック教がバッシングしているのは「イエス・キリストに子孫がいた」という「The Da Vinci Code」の主張である。もちろんこの主張について異論を唱える人が多いと思う(キリスト教徒であろうとなかろうと)。でも注意深く読み返してみると、本にはそんなことよりもっとカトリック教にとって問題のある主張をしている。
その主張とは、「キリストは神の子ですらないのだから、血統が残っていても意味はない」よ、と。本ではローマ時代に急増し始めていたカトリック教の市民の暴動を恐れて、カトリック教と異教徒(または多神教徒、多神教者)の合併、融合、もしくは同化吸収を検討する会議が行われた。表向きとしてはカトリック教の名前が残ったため、異教徒が吸収されたようにみえた(クリスマスは実のところ、キリスト教と異宗教の伝統が合わさったものなんだよね)。本は宗教合併の際、異教徒の主唱者であったイエスをカトリックの救い主としてあがめることにした、としている。かいつまんで説明するとカトリック教会は唯一の支配的宗教になるために、イエスを名目上の神の子として異教徒の権力者の機嫌をとり、民衆の機嫌を取るためにこの会議が行われたことをもみ消した(と本は主張している)。映画ではそのところはちょっとオブラートに包んでいた。
外からものを見ているオレからしてみれば、キリスト教の土台ともいえるキリストの存在が真っ向に否定されているってのは相当な問題発言だと思うんだけどなぁ。事実かどうかよりもその発言自体が教会の逆鱗に触れると思うんだけど、不思議とこの点はあまりニュースに出ないよね。イエス・キリストがちょっとエッチなことをした、なんてよりも論争が起きそうなもんだけど。
ま、こんなこと言っているけどオレは「ダ・ビンチ・コード」よりもその前編の「Angels and Demons」の方が好きだったんだよね。

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